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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)165号 判決 1967年2月28日

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

〔事実〕第一、求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和三十七年八月二十五日、同庁昭和三〇年抗告審判第一、七九六号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和二十八年二月二日、「空気液化分離装置用熱交換器の改良」について特許出願(昭和二八年特許願第一、六八九号)をしたところ、昭和三十年七月十三日拒絶査定を受けたので、同年八月十五日、それに対し抗告審判(昭和三〇年抗告審判第一、七九六号事件)を請求し、昭和三五年八月九日出願公告がされたが、株式会社日立製作所外二名から特許異議の申立があり、その結果、昭和三七年八月二五日「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年九月一二日原告に送達された。

二 本願発明の要旨

空気液化分離装置における流通関係の周期的切換により原料空気と分離ガスとを熱交換せしめる再生式熱交換器に対し、器内のほとんど全域に換算直径二〜一〇〇mmのなるべく均一寸度の粒状体充填物を密充填してなる空気液化分離装置用熱交換器。(以下省略)

(争いのない事実)

〔判決理由〕 一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨に関する審決の認定及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(審決を取り消すべき事由の有無について)

二原告は、まず、本願発明の要旨が前掲請求原因第二項記載のとおりであるとして、審決が粒状体充填物の粒径につき「数字的限定をもたない」と認定したことは誤認である旨主張する。しかしながら、本件における全立証によるも、本願発明において粒状体充填物の粒径につき、二〜一〇〇mmと限定した技術的意味は明確ではないから右粒径の数字的限定は、本願発明において特段の技術的意義を有しないものと認めざるをえない。以下、その理由を説明する。

(一) <証拠>によれば本願発明におけるる粒径の大きさに関する出願当初の明細書から出願公告に至るまでの変遷は次のとおりである。

(1)第一明細書においては、特許請求の範囲の項中には、この点に関する記載はなく、「発明の詳細なる説明」の項に「本発明は、……換算直径三mmないし三〇mmのなるべく均一な寸度の粒状体を密充填したことを特徴とするもの」であるとし(第二頁八行以下)、その根拠について、「一方、粒状体の粒度、すなわち換算直径を小さくする程蓄冷器の一定容積に収容し得る充填物の表面積を大きくなし得るが、粒体素材特性に依るその熱容量に応じ熱伝導率の良好なるを利し、又前記の如く流通ガスとの熱伝達状況が改善されることと相俟つて左程微小粒度にする必要なくして満足なる熱量の伝達が達し得られ、更にはこれに依つて通過ガス抵抗の充填物粒度微小化に基く増加傾向を効果的に避け得られる」(第三頁十五行以下)と記載されている。

(2)第二明細書においては、特許請求の範囲の項において粒状体の換算直径を二mmないし一〇〇mmと限定し、発明の詳細なる説明の項においては、「充填物粒度は三mmないし三〇mmが最もよく、二mm以下となる通過抵抗の急増を来し、又充填物素材と熱交換容量の如何に依つては一〇〇mm程度まで使用可能であるが、それ以上は熱伝達面で急激は状況悪化する」(第七頁三行以下)と記載されている。

(3)第三明細書においては、特許請求の範囲の項において、第二明細書と同様の限定をするとともに、「発明の詳細なる説明」の項において「充填物粒度は三mmないし三〇mmの換算直径の程度が両主要要件を併せ充足するに最もよく、二mm以下となると通過抵抗が急増する傾向を生じ、又充填物素材と熱交換容量の如何によつては一〇〇mm程度まで使用可能であるが、通常六〇mm以上では熱伝達の状況が悪化するようになる」(第八頁五行以下)と記載されている。

(4)第四明細書においては、特許請求の範囲の項において前同様の限定をするとともに、発明の詳細なる説明の項においては「充填物粒度は三mmないし六〇mmの換算直径の程度が最良の結果を得る。換算直径が二mm以下となると通過抵抗が急増する傾向を生じ、又充填物素材の熱交換容量の如何に依つては一〇〇mm程度まで使用可能であるが、これを越えると漸く層流部が増し、過大な熱容量を収容して熱交換器外形が大きくなり侵入熱が増加し、急速に機能低下を来す」(第六頁九行以下)と記載されている。

以上の粒状体の粒径に関する明細書の記載の変遷の経過に徴すると、

(1)第二明細書以下に現われた使用可能範囲を二mmないし一〇〇mmとする限定は第一明細書の記載には存しなかつたこと、

(2)最良の結果を得るための粒径は、「三mmないし三〇mm」から「三mmないし六〇mm」と変つていること、

(3)使用可能の上限が一〇〇mmであるが、通常は六〇mmであることが第三明細書に記載されているが、第四明細書には、この六〇mmに関する記載を欠くこと、

(4)粒径が二mm以下となると通過抵抗が増加する傾向を生ずること、

(5)粒度一〇〇mm程度まで使用可能なのは充填素材と熱交換容量との具体的相関関係によるものであること、

(6)以上のほか、粒径の数字的限定に関する技術的意義を示すべき具体的記載のないことを、それぞれ認めうべく、これらの事実に本件弁論の全趣旨によつて認めうべき本願発明において密充填されるべき粒状体充填物の寸度には、当業者の技術上常識上、おのずから一定範囲の限定が存在するものである事実を合せ考えると、充填物の粒径を二mmないし一〇〇mmとする数字的限定は、本願発明において、とくに技術的意義を有するものとは認めがたく、したがつて、この点に技術的進歩性を見出しえないといわざるをえない。

この点に関し、原告は、前記上申書(甲第十八号証)における記載をもつてその技術的意義を解明する資料としようとするもののようであるが、右上申書が適法に本願明細書の内容として補正されたことを認めるに足る何らの証拠資料のない本件において、これをとつてもつて、本願発明の要旨の解釈認定の資料としえないことは、原告が当裁判所に提出した訂正案(甲第十七号証)(この訂正案においては、粒径を、右上申書においては「三mmないし六〇mm」としたのを再び「三mmないし三〇mm」としている。)と全く同様である。

なお、原告は、粒径に関する数字的限定の意義等が審判官にとつて不明瞭であつたのなら釈明を命ずべきであり、それが明らかにされれば特許されたかもしれないのであるから審理不尽の違法がある旨主張するが、請求人である原告の主張自体は、出願当初の明細書及びその後の各訂正明細書において、必ずしも不明確とはいえないこと前説示に徴しても明らかなところであるから、原告の再三にわたる訂正に加えて、あえてその合理性について釈明するところがなかつたからといつて、これをもつて審理不尽ということは妥当ではない。

(むすび)

三以上詳細説示したとおり、本件審決には原告主張のような違法があるものということはできないから、その主張の違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(三宅正雄 影山勇 荒木秀一)

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